札幌駅から特急列車「オホーツク」で約3時間半。遠軽町は北海道の北東部に位置する、人口約1.7万人の開拓地。過去には林業の町や、石北本線が名寄本線を分ける鉄道の町として賑わった。駅弁は大正時代からの駅弁屋が売る「かにめし」が親しまれ、特急列車の発着に合わせて売りに来たほか、特急列車の車内販売で予約注文を取っていたが、その車内販売の廃止に伴い2015年3月31日限りで終売。1915(大正4)年11月1日開業、北海道紋別郡遠軽町岩見通南1丁目。
昭和時代初期の発売とされる、遠軽駅で最後まで残った駅弁。昼間の特急列車「オホーツク」停車時間にホーム上で台売りされたほか、同列車の車内販売での予約購入もできた。こういう販売形態のため、常に出来立てで温かい品物が入手できた。
長方形の経木折を、カニを描いた掛紙で包む。中身は御飯の上に細かい炒り卵と紅生姜に刻み、海苔とカニ煮付ほぐし身を混ぜて敷くもの。ツヤのある細かなカニ身から煮汁がきゅっと出て、錦糸卵が食感で、海苔が香りで、紅生姜が刺激で、温かく柔らかい御飯とともに個性を出しながら風味を互いに補いふわりとした食感を出す、好評が納得できる素朴で奥の深いカニ飯駅弁。しば漬と数の子山海煮の添付も的を射ている。
遠軽への鉄路は、手宮と幌内を結ぶ北海道最初の鉄道の、岩見沢から分岐し旭川や富良野や帯広や釧路を結ぶ鉄道の、池田から分岐し北見や網走を結ぶ鉄道の、さらに北見から分岐する軽便鉄道として伸びてきた。これがさらに湧別や紋別を経て名寄につながり、その後に遠軽と旭川を短絡するルートが建設された。その後は現在の石北本線の経路が幹線格となり、遠軽から名寄までの名寄本線は国鉄再建法により1989年4月限りで廃止されてしまった。そのため、現在の遠軽駅は二方向から線路が来る行き止まり駅である。
2011年10月7日の駅弁屋での火災発生により、この駅弁の製造が中止され、特急列車車内販売での予約販売も中止されたが、2012年7月10日頃より再開された。しかし2015年3月31日限りで特急列車の車内販売が廃止、売上の9割をこれに頼っていた調製元も廃業を選び、この名物駅弁は消えた。
※2015年5月補訂:写真を更新、終売を追記2004(平成16)年4月17日に購入した、昔の遠軽駅弁の掛紙。上記の2015年のものとの違いは、調製元の電話番号のみである。遠軽駅15時17分発の特急列車「オホーツク6号」向けに駅へ売りに来た駅弁を、普通列車の乗り継ぎ待ちの時間で購入した。
商品名は、掛紙で「遠軽かにめし」、食品表示で「かに飯」、販売元の案内で「遠軽名物かにめし弁当」。上記のとおり、遠軽駅の名物駅弁で、2015年に調製元の廃業で失われた「かにめし」を、おそらく2018年10月に遠軽駅近くのホテルが復刻し、前日までの予約限定で一日15個または20個を売り始めたもの。遠軽駅では売られないが、不定期で実施される「石北線沿線地域の皆さまによる特急列車車内での特産品販売」にて、ごくまれに石北線特急オホーツクの車内で買えることがある。
容器に白飯を詰め、カニほぐし身と錦糸卵を載せ、刻み海苔と紅生姜も載せ、カズノコのわさび漬けと柴漬けを添え、カニを描いた青い掛紙で包む姿は、かつての遠軽駅弁「かにめし」に似る。温かい品物が入手できることと、食感の柔らかさも似る。風味は過去の記憶と異なり、味付け飯をカマボコで食べているような感じを受けた。どうもズワイガニのほぐし身にカニかまぼこを混ぜた、あるいはその逆であるようで、かつての駅弁もそうだったのだろうか。
これは遠軽駅から徒歩約5分のホテル「ホテルサンシャイン」に加えて「道の駅遠軽森のオホーツク」でも売られるというが、その現地で販売や掲示に出会えていない。前日19時までの予約はともかく、受取が当日11時から14時までに限られるため、鉄道旅行での購入は難しいと思う。
上記の弁当「遠軽かにめし」の「(大盛)」版。ご飯約1.2倍、かに約1.5番増量とする。容器と掛紙は通常版と同じで、内容もまったく同じで、たしかにカニと飯が増量されている。価格は6分の7倍。外観で区別できないので、受け取り時に「大」と手書きした付箋が付いていた。
1997(平成9)年1月12日18時39分の調製と思われる、昔の遠軽駅弁の掛紙。色合いと価格と調製元の名前に食品表示ラベルの内容は少々変わったが、それ以外は上のものと変わらない。19時1分発の網走行特急列車「オホーツク5号」と、19時3分発の札幌行特急列車「オホーツク8号」の利用者に向けて売られたものだろう。
昭和50年代のものと思われる、昔の遠軽駅弁の掛紙。そのカニと網と海の絵柄は、21世紀のものとまったく変わらない。注意書きや調製元表記などの文字は、時代のルールに応じて変わってきた。当時の遠軽駅は石北本線が名寄本線を分ける駅であった。
1957(昭和32)年6月23日の調製と思われる、昔の遠軽駅弁の掛紙。遠軽駅で当時普通とされた幕の内や寿司が売られたのは、1960年代までのことか。